2016年10月12日水曜日

星に願いを

10月11日(火)

睡眠時間6時間、昼寝30分。朝食は柿、バナナ、カフェオレ。昼食は、スパゲティナポリタン。夕食は、甘唐辛子とえのき茸の肉巻き、胡瓜スティック+ニンニク味噌。運動はエアロバイク20分、ストレッチ15分。

トングで盛る修行、成果は未だ表れず。
ナポリタンがおいしいというお店に近々行く予定。楽しみ。
それにして野菜が高い。ポン酢で食べました。

特筆すべき何もない一日。ってことで匿名でやっていたブログで書いたものを載せてみます。このパターンたまにあると思います。まずはこの季節に出会った男の子の話。

※明日はブログをお休みします。

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星に願いを


二度目の中学3年生をやるため東京に来た。真面目に授業を受け、屈託なくクラスメイトに馴染み、それに疲れるとテキトーに学校をさぼって息を抜く。制服を買い替えることもせず、修学旅行も行かず、誰と給食を食べていたのか、卒業式に出たのかさえも覚えてない。実際は、人生を保留するため、東京へ来るために計画留年を決行。高校受験に必要な成績と出席日数の確保、それだけがこの学校の意味だった。


文化祭の準備に学校中が浮き足立っていた秋の日。いつも誰かと一緒に下校するのにこの日一人だったのは、やはり文化祭関係の委員会に出席していたから。気楽な一人歩きの途中、声をかけられた。クラスでいつも何かに大笑いしているようなグループにいる男の子。辛うじて苗字。それしか知らないコと肩を並べて歩く。鬱陶しくて面倒くさいけど、それは誰でも同じ。


他愛もない会話。そのなかで彼は星が好きだと言った。それだけが耳に残ったんだと思う。間もなく分かれ道になったけど、星のことを聞いてみたい。素直にそう伝えると、彼は照れながら話を続けた。天体、大気、物理やアインシュタインなんかも出てきて、チンプンカンプンだったけど、このままいたいから「それで?」と話をつなぐ。


おっとりぼんやり、愛され甘やかされることしか知らなかった一年前。実家の倒産。債権者たちの怒号と暴力。夜逃げ。行方不明の両親。親戚宅を転々とする日々。今、手にあるのは、わずかなお金と擦り切れた紙袋二つに収まる学用品と日用品。憎むこと、否定すること。苦痛と屈辱を再現し続け、身体中に怒りを充満させること。それを糧に明日への野心を巡らせる、それだけが私を支えていた。


あの日、歩道橋下のコンクリに腰かけ聞いた話は、美しい音楽のようだった。それを語る彼は、ずっと前からの親友のようだった。「ありがとう」そう言って、背を向け歩きはじめる。泣くもんか。絵と造形さえあれば生きていける、そう信じていた私はもういない。あのコの話はもう聞かない。もうあのコには近付かない。すべてが壊れてしまいそうだったから。


「あのコの夢が叶いますように」。国道を埋めるテールランプを眺めながら、ふいに口からこぼれ落ちたのは、私だけが救われる言葉。偽善的と自分を責めれば、またそれで癒されることに吐き気がした。そんなものはいらない。あのコに冷淡に接し続ける私に相応しい言葉を求め続けた。探し続けた。けれど、とうとうほかの言葉は見つからなかった。夜空を見上げるたび、飽きもせず同じ言葉を繰り返す。私だけが救われる言葉。小さなお守りのような言葉。私は、今も彼が星とともに生きていると信じているのです。




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今日のバラ:まだいる。
しゃくとり虫。目だと思っていたのは斑点でした。
虫、お嫌いですか?私はけっこう好き。
手のひらにのるぐらいまでなら躊躇なし。それ以上はちょっと考える。
ヘびもヘーキ。でも首に巻け、と言われればそれはどうだろう、とは思う。

今日の音楽:星に願いを
いつからか、彼のことだけではなく、いろいろな人を思って星に願いをかける。夜空を見上げる時、大切な人のことを願い祈るのです。