小学校の入学式だったか、歓迎会的催し物だったか、体育館に集まって合唱するという場面を覚えている。「友だち100人できるかな~♪」100という数字に何のリアリティもないけれど、「お前に友だちなどできるのか?」を突き付けられグサリときた。既に子供社会に適応できず、幼稚園中退という経歴がある。モソモソと歌っているフリをしているけど、皆で手をつなぎ大合唱のなかにいると、こんな私にも友だちができるかもれない、そんな気持ちになる。どんどん気が大きくなって、100人もまんざら無理ではなさそうな気がする。気がするだけだった。曲が終わると、隣の子はパッと手を離して私など見向きもしない。明るいメロディが、心に暗い影を落した。
が、憂鬱な気持ちは、思いもよらぬ方向で尾を引く。私はいつもクラス一番の人気者にもっとも近いポジションに収まっていてた。何の努力や働きかけをしなくても、気付くとそういうことになっている。どう考えても、今考えても、私の手柄ではない。何をやっても人並以下。愚図だからパシリにもなれない。人徳?ないない。
そうしたピカピカと陽の当たる場所はひどく居心地が悪かった。居心地は悪いけれど、このラッキーな状況を失うのも恐ろしかった。いつか飽きられて捨てられる――そんな愛人のようなねっとりとした不安。だからって何ができるわけもなく、ただぼんやりと人気者の隣に座っている己の不甲斐なさを確認する日々が続いた。
高校の同じクラスにG子がいた。Gではじまる名前はかなり珍しい。彼女は名前だけでなく、言動も変わっていた。「根暗」という言葉が生まれ、それがネガティブにしか使われなかった頃、彼女はその暗さを愛されていた。
G子と私は仲が良かったものの、いつも一緒にいるわけでもない。大抵は違う人と違う時間を過ごしている。G子が教室にいない時は図書室にいるし、私は理科室にいる。時々、そのどちらかへどちらかが行き、他愛ないおしゃべりをしては静かに消える。G子は文学と音楽を愛し、私のために、たくさんの本当にたくさんの音楽をテープにダビングしてくれた。
G子と私は仲が良かったものの、いつも一緒にいるわけでもない。大抵は違う人と違う時間を過ごしている。G子が教室にいない時は図書室にいるし、私は理科室にいる。時々、そのどちらかへどちらかが行き、他愛ないおしゃべりをしては静かに消える。G子は文学と音楽を愛し、私のために、たくさんの本当にたくさんの音楽をテープにダビングしてくれた。
授業中に小さな紙片を交換する、という遊びは今でもあるのだろうか?G子と私の間で行き交うのは「悪寒が走る」「お棺に走る」「オカンがはじる」「お燗ではしゃぐ」とつなげては、ケケケと暗い笑いを共有するような仲。こんな二人に「内緒だよ」「誰にも言わないでね」というフレーズなどあるわけもなく、暗くて軽い関係があるだけだった。
G子とは社会人になってから何度か会ったがいつの間にか連絡が途絶えた。いつもそうだ。「気が合う」と思う人は、いつの間にか消えていく。意図したことではなく、単に用事がないから連絡をせず、そうしているうちに知人を介さないと連絡できなくなり、そうまでして知らせる何もないからいつまでも会えない。G子は今どんな本を読み、どんな音楽を聴いているのだろう。このブログを見ていたら連絡してほしい。用事がなくても。
——さて、G子を思い出したのは、岸本佐知子・著「なんらかの事情」を読んでいるから。彼女の書く文章はそこはかとなくG子に似ている。
