2018年8月20日月曜日

幸せの音

二十代半ばに猫を飼いはじめた。子ども頃から動物を飼い続けていたけど、一匹だけ、室内飼いだったためか、それまでの動物たちとはまったく違っていた。お風呂もトイレもついてくる。深夜に帰宅すると玄関先でシッポをパッタンパッタンさせて怒っている。男友だちと電話していると体当たりで阻止しようとする。何ていう束縛だよ。結婚を決め、どうなることかと心配をしたけど、案外うまくやっていたようだ。毎晩ニャンの白いお腹に顔を埋め、ゴロゴロという音を聴きながら眠りについた。それは永遠に続くものだと思っていた。

当時の住まいは多摩川から徒歩1分。
今年はニャンの散骨もした。

その日、私が惰眠を貪っている間にニャンは危篤状態に陥っていた。瀕死のニャンはスルリと手から滑り落ちそうだった。それは命の儚さを例えるものではない。ツルツルしてグンニャリした長細い物体。筋肉という抵抗がなくなった生き物の実際の感触だった。奇跡的に一命は取り留めたものの、肥大性心不全。発作からの平均余命は二ヶ月。悔やんでも悔やんでも、取り返しはつかない。

それからの二ヶ月半。可能な限りの時間と神経をすべてニャンに向けた。だから、次第に食事の量や質が変り、水を飲む量が増えてきた時から気付いていた。土に返る準備をしているのだと。そして、それに抗う無意味さも。けれど私はそれに抗い続けた。かつての好物を鼻先に置き続け、押さえつけては栄養価の高いペットフードを口の中に塗り込んだ。やがてニャンは私に怯えるようになった。

その夜、居間で食後のお茶を飲んでいると物陰からニャンがこちらを見ていた。視線を動かさず、飽きることのないような眼差しで見つめていた。静かな確信がやってきた。もう私から逃げることもできないニャンを抱きかかえ、枕元のタオルの上にそっと置いた。

日付が変った頃、ニャンを発作が襲った。身体を激しく上下させ、目を剥き、口を大きく開けながら、もがき苦しみはじめた。それが数分続き、ぐったりと身体を横たえる。ニャンは、発作が起きるたび、私の顔を見る。そのたび一命を取り留める。それを何度も繰り返した。

明け方、また発作がニャンを襲った。ニャンが私の顔を見る。私はそれに堪え切れなくなり、ニャンの顔をもう一度だけ見てから背後に回ってその身体を支えた。そしてすぐに、カッと目を見開いたまま、大きく口を開いたまま、動かなくなった。

時は止まることなく、一時間もせず脚は固くなり、抱き上げるとコロコロとしたうんこが4個出てきた。二時間後には体液が流れ出し、見開いたままの瞳は濁り始め、開いたままの口の舌だけが奥へ奥へ戻っていく。買いに走ったドライアイスは多すぎてカチカチの冷凍猫にしてしまい、 目と口を閉じさせるため固定した紙テープがなかなか剥がれない。死は身近な存在ほど「ハイ、サヨナラ」とはいかない。視覚で、感触で、温度で、幾重もの死を確認させられて、最後の別れがやってくる。この残酷なプロセスを経て、もう戻せないのだと知るのかもしれない。
初公開のニャン。
おっとりしてて、でも超我儘で、きな粉が好物だった。
緑のめめの可愛い子でした。
最後の夜。最初の発作がはじまる直前、あの音を聞いた。その音が止んだ次の瞬間に発作がはじまった。もう何日も聴くことのなかった音。もう聴くこともないと諦めていた音。どんな日も、どんな夜も、温かな眠りを与えてくれたあの音。あの音を最後の最後に与えてくれた。

あれから私は植物を育てるのが得意になって、町中の生き物たちと仲良くなりたくなって、ヒトには無駄に愛想を振りまいては何だかとっても信用なんない人になってしまい、そして一日の終わりを幸せな気持ちで締め括ろうと血道をあげる。足掻き続ける。あのゴロゴロに顔を埋めて眠った日々に近いものを、それ以上を、そう願う。